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【インタビュー】『Last Train Home』シベリア鉄道で結ばれた縁―ある生き延びた兵士と日本人女性の実話を取材

軍団の貴重な資料を借りることができました。

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【インタビュー】『Last Train Home』シベリア鉄道で結ばれた縁―ある生き延びた兵士と日本人女性の実話を取材
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昨年11月、Game*Sparkではチェコスロバキア軍団を題材にした『Last Train Home』を特集しました。チェコ大使館からも紹介いただき、メディアとしても大変光栄な機会になりましたが、その反響の中で一時期チェコに在住していたゲーム開発者の方から「団員と結婚した日本人の子孫を知っている」という情報をいただきました。情報提供者の仲介を経て取材を申し込んだところ、快く引き受けていただけました。

今回ご協力いただいたのはAdam Biganovsky氏。曾祖父ヴァーツラフがチェコスロバキア軍団に従軍し、ロシア脱出の時に日本人の曾祖母「中村キン」と知り合ったとのことでした。日本は軍団の救出を名目にシベリア出兵に参加しており、それに従事した女性のひとりだと思われます。

曾祖父ヴァーツラフ

提供していただいた資料写真の中には、日本からのものと思われる「彼女の手がかりとなる出身地」「生年月日」「両親の名前」があります。これによると1899年(明治32年)7月21日生まれ、秋田出身の「中村イレナ」とあります。両親は「中村サダオ」と「中村キエ(旧姓大竹)」となっており、もしこれらの名前に心当たりがあれば、Adamさんとぜひ連絡を取っていただければと思います。

――この度は取材にご協力いただきありがとうございました。まず自己紹介をお願いします。これまでに携わった作品も教えてください。

Adamこんにちは、Adam Biganovskyです。過去14年間、ビジュアルデザイナーとして様々なゲームプロジェクトに携わってきました。『Mafia』『Top Spin』『Kingdom Come Deliverance』『Guitar Hero』『Call of Duty』『Eve Online』......などなど、現在はNDA下にあります。また、自分のプロジェクトもいくつか開発中で、いつか発表したいと思っています。

――チェコの人々にとって、チェコスロバキア軍団とはどのような存在ですか?建国にどう影響したのでしょうか。

Adamこの質問に答えるのは簡単ではありません。チェコの教育では、この歴史の一部に十分な焦点が当てられていないと感じます。そのため、多くの人々はこの歴史についてあまり知らず、故郷に戻る旅でどれほどの勇気と強い意志を証明しなければならなかったか、理解できていません。特に、感謝や願いが一瞬で伝わり、忍耐を必要とする場面が減った現代では、彼らのように長い間、懸命に戦うことの意味を理解することは非常に難しいのです。

チェコスロバキア軍団が象徴する価値観は間違いなくあり、その多くは人々が誇りに思うべきものです。しかし、これらは私達の近代史においては負の歴史として見過ごされがちで、それは悲しいことだと思います。

建国におけるチェコスロバキア軍団の影響はもちろん大きいものでした。世界中の多くの人々が、軍団の行動と強い理想主義に触発され、ヨーロッパの中心に新しい国を建国することを支持しました。

ウラジオストクから日本に向かう船。「陽南丸」の文字が確認できる

――『Last Train Home』はプレイしましたか?チェコ国内ではどんな反応がありましたか?

Adamまだプレイしている途中ですが、とても気に入っています。素晴らしい美学とスマートなゲームプレイだけでなく、本物の俳優を使ったカットシーンも良いです。それによって体験がより個人的なものになると思います。

全体的にこのゲームに対する好意的な反応はありますが、大きく盛り上がるほどではありません。まだ多くの人がこのゲームを試していないのかもしれません。

――Adamさんが軍団に関わった曾祖父母のことを初めて知ったきっかけは何だったのでしょうか。

Adam主に、日本の曾祖母を強く尊敬していた父からの話です。また、祖母が夫と出会うまでの私生活について何も語らなかったことも興味深いです。彼女が日本からウラジオストクに辿り着くまでの経歴は全く分からないのです。

――今回の調査ではどのようなものが見つかりましたか?

Adam彼らの人生がいかに充実し、刺激的で意義深いものであったのかを知りました。私の曽祖父ヴァーツラフ(Vaclav)は、チェコスロバキア軍団が創設されたときから戦い、そこにいた他の多くの人物と同じように、彼は単なる兵士ではなく、非常に才能のある音楽家でもありました。

長い戦いの後、彼はウラジオストクで日本人の妻、中村キンと出会いました。彼女は非常に聡明で、後に日本語、ロシア語、チェコ語、英語、フランス語の5カ国語を流暢に話せるようになりました。

ふたりは中国を旅行し、上海で結婚。そこで娘を出産しました。その後も旅を続けてインドネシアに渡り、メダンで息子(私の祖父)が生まれました。しばらくしてまたスリランカからカイロへ渡り、ヴァーツラフはカイロ交響楽団でヴァイオリニストとして活躍します。最終的に、彼らはオーストラリアに定住することを決めたのですが(オーストラリアには友人もいたため)、その前にチェコスロバキアで書類を作らなければなりませんでした。到着して2年経った頃に第二次世界大戦が始まり、以降はそこを離れませんでした。

チェコスロヴァキア軍(ロシア方面)の身分証

――従軍中や戦後の暮らしで、曾祖父母の人柄を知るエピソードがあれば教えてください。

Adam父から聞いた曾祖母の魅力的な(少なくとも西洋文化においては)性格のひとつは、どんなことがあっても愚痴をこぼさないということでした。というのも、ヴァーツラフは家族を顧みない芸術家肌で、新しい楽器を買ったり、コンサートに出かけたりするだけで、お金を使い果たしてしまいましたから。程なく曾祖父は亡くなりますが、第二次世界大戦中も、彼女は家族だけでなく助けが必要な人たちに手を貸していました。私にとっては、彼女が何事も誰のせいにもしなかったのが印象的でした。

――この件でご家族とはどんな話をしましたか?遺品にはどんな反応をしていましたか?

この歴史についての話し合いのほとんどは父としたもので、私はとても嬉しかったです。祖父が亡くなった時に古い書類を調べると、祖父が両親といかに興味深い生活を送っていたかが明らかになり。私達家族にもとても有意義なことでした。

――Adamさんにとって何か新しい発見や驚いたことはありましたか?

Adam最近日本を旅行し、3週間という短い期間でしたが滞在しました。ヨーロッパにいるよりも、日本の方が居心地がいいことにとても驚きました。

――最後に、日本の読者と『Last Train Home』のプレイヤーにメッセージをお願いします。

Adam人生の一瞬一瞬を大切に。いいことも、悪いことも。すべてはあなたのものです。


『Last Train Home』の物語はウラジオストクで終わりますが、実際に戦い抜いた団員の人生はその後も続きました。ある音楽家が兵士となり、極東で日本人と結ばれた。100年前にそんな人がいたという記憶をここに留め、後にまた誰かの目に触れることを願います。


《Skollfang》

好奇心と探究心 Skollfang

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