PS版発売と“完全日本語対応”を迎えた『Atomic Heart』パブリッシャー・Beep Japanにインタビュー。発表から約5年、「念願」はいかにして叶えられたのか | Game*Spark - 国内・海外ゲーム情報サイト

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PS版発売と“完全日本語対応”を迎えた『Atomic Heart』パブリッシャー・Beep Japanにインタビュー。発表から約5年、「念願」はいかにして叶えられたのか

2018年春から2023年冬……5年の月日を経て発売された『Atomic Heart』の日本国内パブリッシング担当者にインタビュー。ロシアウクライナ情勢に関するトピック、DLC展開についても訊きました。

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PS版発売と“完全日本語対応”を迎えた『Atomic Heart』パブリッシャー・Beep Japanにインタビュー。発表から約5年、「念願」はいかにして叶えられたのか
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2023年4月13日、『Atomic Heart(アトミック・ハート)』がPSコンソール向けにリリースされました。あわせて、日本語ボイスオーバーが追加される嬉しいアップデートがPC/Xboxコンソール版含む全エディションに向けて配信されています。

『Atomic Heart』が初めて発表されたのは2018年5月のこと。Game*Spark編集部でも当初から情報をキャッチし、開発元・Mundfishへのメールインタビューも実施していました。それからもトレイラー映像や関連作品『Soviet Lunapark VR』にまつわる報せが飛び出る度にゲーマーコミュニティを沸かせていたことは、当時から『Atomic Heart』の発売を期待していたユーザーの記憶にきっと強く残っていることでしょう。

それから5年近くの月日を経て「PC/PS/Xbox向けに完全日本語対応」でリリースされる本作に、いちゲームメディアとしてはある種のドラマを感じずにいられません。言わずもがな、この5年間でゲーム市場はもちろんのこと、社会情勢も大きく変化しています。特に直近ではロシア・ウクライナの関係も大きく揺れ動いていたこともあり、それらが『Atomic Heart』の開発・販売にも関わってきたことは想像に難くありません。

Game*Spark編集部は、そんな『Atomic Heart』の日本向けパブリッシングを担当するBeep Japanにインタビューを実施。洋ゲーファンの念願を叶えるこのリリースについて、同社CEOのロベルト・ポントウ氏と『Atomic Heart』プロモーションを担当する櫛引茉莉子氏に、質問を投げかけました。

ロベルト・ポントウ氏(写真左) / 櫛引茉莉子氏(写真右)

――日本国内での『Atomic Heart』のセールスやユーザーからの反響についてお聞かせください。

ロベルト・ポントウ(以下、ロベルト) PC版の売上は、中国、アメリカ、ドイツ、トルコに次いで常に5位にランクインしており、ユーザーからの反応は非常にポジティブです。Xbox版は発売当初に不具合がありましたが、ファンの熱意と協力が感じられたので、開発元のMundfishが迅速に問題を解決してくれたことが嬉しかったです。PS版は先日発売されたばかりですが、こちらもかなりポジティブな傾向です。

櫛引 茉莉子(以下、櫛引)全体として好評をいただいており、大変嬉しく思っています。昨年12月頃から日本での発売を告知し始めましたが、このゲームは長い間開発されていたこともあり、「楽しみにしていたゲームがついに……!」と既に大きな期待を寄せてくださる方が多かったです。その後2023年1月にメディア向けの試遊会を開き、実際に動いているゲームを見ていただくことで、「本当にリリースされるんだ!」と嬉しい確信を持っていただけたのではないかなと思います。

リリース後は細かい改善の要望やフィードバックなども沢山いただいていますが、開発チームはプレイヤーの声をよく聞いて、真摯に対応しようとしています。今後のアップデートや、追加コンテンツにも期待していただけると幸いです。

ーー4月15日に『Atomic Heart』リリースパーティが開催されましたが、手応えはどうでしたか。実施の経緯についてもお聞かせください。

櫛引本イベントは、日本での『Atomic Heart』PlayStation版の発売を、コミュニティのみんなで祝おう!という趣旨で開催されました。本作はその世界観が大きな魅力ですので、テーマに沿った飾りつけやドリンク、サウンドトラックを使ったDJなどを用意し、ゲームの雰囲気を少しでも体験して頂けるように努めました。私自身も学生時代からコミュニティイベントにはよく行っていて、メーカーから一方的に情報を発表するだけでなく、ファンの皆で一緒になって楽しめる雰囲気がとても好きだったので、このパーティーもそういった場を目指して企画しています。ここ数年はコロナの影響もあり、なかなかコミュニティの集まりを開催できなかったのですが、来てくださった方が「こういうイベントはあまりないから楽しかった」と言ってくださり、とても嬉しかったですね。

また海外のゲームとなると言語や地理的な理由で、開発者との距離を感じてしまいがちなので、こういった“face to face”の場はとても重要だと思っています。今回Mundfishは残念ながら来日が叶わなかったのですが、日本のゲーマーの皆さんに本当に会いたがっていましたし、会場で紹介したビデオメッセージからもそれが伝わっていれば幸いです。


ーー今後、国内オフラインイベントの開催や参加の予定はありますか。また、追加コンテンツの展開についても可能な範囲でお聞かせください。

ロベルトBitSummitや東京ゲームショウなど色々な展示会に参加することで、プレイヤーやファンの皆さんとつながることを常に心がけています。『Atomic Heart』のリリースパーティーは、そうした展示会以外では初めての実施となりましたが、実際に参加して楽しんでいただけるようなこういったイベントは今後も機会があれば開催していきたいと考えています。

DLCについては、残念ながら現時点でお話できることはあまりありません。ですが『Atomic Heart』本編に寄せられた皆さんの感想やコメントから判断すると、Mundfish社と私たちが取り組んでいるDLCのアイデアや計画は、ゲームファンだけでなく、特に日本の人々が興奮するようなものになるだろうと思っています。

――本作はストーリー主体のシングルFPSで、ジャンルとしてはトレンドから離れていると感じています。現代のどのような層のゲーマーに向けてアプローチしたいと考えられていますか。

櫛引 本作は発表当初から、『BioShock』や『Fallout』『DOOM』といったクラシカルなFPS作品をプレイするゲーマーから大きく注目されていました。これらの作品には開発陣も影響を受けたと公言しており、これらの名作に匹敵するようなゲームを作るという目標のもと、本作は制作されました。実際にプレイをしてみても、要所要所のゲームメカニクスにクラシックFPS作品へのリスペクトが感じられ、それらを愛する人であれば楽しんでもらえる仕上がりになっていると思います。

またおっしゃるように『Atomic Heart』のような作品は昨今のトレンドではないかもしれませんが、同時にそのトレンドがもたらした恩恵を受けている作品とも言えます。10年ほど前であれば、こういった海外発のFPS作品を楽しむ日本人というのは、「ハードコアゲーマー」と呼ばれる自作PCを組むような一部のゲーマー……という認識だったと思います。しかしここ数年、日本ではPCのマルチプレイヤーゲームが大きなトレンドとなったおかげで、ハイスペックマシンやFPSというジャンルそのものが幅広い層に浸透してきました。こうした市場の変化もあり、『Atomic Heart』は、昔ながらの「ハードコアゲーマー」だけでなく、比較的若いゲーマーにも幅広く楽しんでいただけていると感じています。

ロベルトこのトピックは、そう簡単に断言できない問いかけだと思います。確かに、特に若い世代をターゲットにしたゲームでは、マルチプレイの要素が増え、巨大なオープンワールドでの自由度が高まっています。そういう意味では、『Atomic Heart』は古典的な一人用ゲームと言えるかもしれません。しかし、エンターテインメントのコンテンツが増えたことで、さまざまなゲームが受け入れられ、より多くの人に楽しんでもらえるようになったとも思います。『Atomic Heart』のコアユーザーは、『BioShock』や『Metro』、『ウルフェンシュタイン』などのFPSを好む成熟したゲーマーかもしれませんが、『Atomic Heart』は非常にユニークなストーリーと非常にチャレンジングなFPSバトルを提供しており、さまざまなコンテンツに対して興味を持つ若いゲーマー、例えばNetflixなどのユーザーやZ世代にもアピールできていると考えています。

私が日本に来てゲーム業界で働き始めたころは、FPSプレイヤーはさほど多くなく、西洋的なグラフィックは人気ではないと聞いていましたが、その後、多くの西洋のコンテンツを日本にもたらした業界の多くの仲間のおかげで、大きく風向きが変わったと思います。私たちは、『Atomic Heart』が“ビンゴ”になるようなゲームであることを、多くの人に知ってもらいたいと思っています。上記の点だけでなく、ビジュアル面でも素晴らしい仕事をした開発者のおかげで、本作をアプローチするのはむしろ簡単な仕事です。予告編を観た人は夢中になると思います。

――『Atomic Heart』PS4/PS5版のCEROレーティング取得において、パブリッシャーとしてどのような作業を担当されたのでしょうか。

ロベルト『Atomic Heart』のCEROレーティングの取得が難しいことは、当初からわかっていました。幸いなことに、チームはその分野で大きな経験を持っており、何を注意すべきかをすでに知っていました。そこで私たちはゲームを徹底的にプレイし、CEROレーティング取得に影響がありそうな小さなニュアンスをすべて拾い上げようと努めました。そのために、レーティングボードと緊密に連携して見落としがないようにしました。そしてMundfishにとっても、ゲームプレイにできるだけ影響を与えないように変更することは重要だったため、密に連携させていただきました。Mundfishは素晴らしい仕事をしてくれましたし、血の色を除けば、プレイヤーには変更点がほとんどわからないと思います。


――前回のインタビューで、PSコンソール版では「CEROから過度な暴力や性描写のあるシーンに関する提案を受けた」と伺いました。これに対する表現変更のため、Mundfishとはどのような協議を行いましたか。

ロベルト『Atomic Heart』に登場するロボットの中には、「示唆的」なポーズをとっているものがあります。欧米のレーティングボードでは、このような性的なコンテンツは問題ないのですが、日本は文化的なハードルが高いので、ロボットの描き方に若干の工夫が必要でした。また、ゾンビのような敵が出てくるゲームでは、頭や臓器などが飛び散るスプラッター効果がゲームのコア要素の一部になることが多いのです。幸い『Atomic Heart』では『Dead Island 2』ほどゴア表現がコアな要素ではありませんでしたし、Mundfishとしては日本を含むすべてのプレイヤーに受け入れられるゲームにすることが非常に重要な課題でした。

また、敵や人間の死体には内臓が見えるものがあり、これが最大の難関でした。血の色があまりにも「人間っぽい赤」だと著しく残酷な印象を与えてしまう可能性があるのです。しかしこれが「普通より黒っぽい血」であれば、現実とは似ても似つかない“フィクション”であると判断されます。ゲーム中では植物が人間の体を乗っ取って突然変異を起こし、その行動や外見に影響を与えることで説明されています。日本版では、そんな「ミュータント」の体内が欧米版のように臓器ではなく、根に似た植物に変更されています。このちょっとした変更が、CEROレーティング取得の過程において大きな意味を持つこととなりました。

――作中でロシア語を多分に用いていますが、日本語ローカライズにおいて特に強く意識した点はありますか。英語圏産ゲームと異なる点があれば、お聞かせください。

櫛引まず、本作のローカライズは基本的にはMundfishが担当しています。しかしナラティブなゲームであることもあり、メインストーリーのキャラクターのやりとりついてはこちらで最終的な監修を行いました。原文英語から各国の言語に訳されてく、というプロセスでしたので、そういう意味では他の英語圏産ゲームと大きな違いはないと思います。Mundfishのメンバーも英語が堪能な方ばかりなので、翻訳関係の質問があった場合の意思疎通でも、苦労をすることはあまりありませんでした。

また本作はナラティブ(物語主導)でありながら非常にアクション性の激しいゲームなので、日本語字幕は出来る限り読みやすい文にしようと、ローカライズ関係者はみな気を配っていました。とはいえ原文の意味を保ちながら文字数を削るのには限界があり……(苦笑) 、字幕を読むのが難しい部分は、ぜひ4月13日に実装された日本語音声でも楽しんでいただければと思っています。

ちなみに興味深い傾向として、リリース後、音声をロシア語に変えて遊んでいるプレイヤーさんを沢山見かけました。私も最初のテストプレイではロシア語+日本語字幕で遊んだのですが、舞台となった国の母国語で物語を体験するのはまた違った趣があるように感じます。特に主人公・P-3はソビエトの無骨で荒々しい男として描かれていますので、母国語で聞くことによってその強さがよりダイレクトに感じられるように思います。

――日本語音声は既にプレイしているユーザーからも強く期待されていました。キャスティングの際に意識したことについて、お聞かせください。

ロベルト同僚から「日本には声優の中堅層がおらず、有名声優、もしくは誰も知らないような声優に二極化している」と聞いていました(笑)。しかし、これまで欧米の大規模予算タイトルのパブリッシングで、日本語音声の有無を意識的に使い分けてきた私たちにとって、プレイヤーに「母国語の音声で遊ぶ」という選択肢を与えることはとても重要なポイントでした。

そしてここで最も重要なのは、世界観にマッチしたクオリティを提供し、ゲームとして自然な感覚を与えることです。そのためにも経験を積んだキャストを検討し、キャラクターに特有の味わいを持たせねばなりません。そこで実績のあるスタジオを選んだところ、非常に『Atomic Heart』にふさわしいキャストを用意してもらえました。Mundfishが、非常にわかりやすいキャラクタープロフィールや背景情報、他言語版ボイスサンプルを提供してくれたおかげで、非常にきめ細かい仕事ができたのです。例えば、サチノフ博士の声を担当した大塚明夫さんは、この多面的なキャラクターを完璧なバランスで表現していると思います。

櫛引実は日本語音声の実装は最初から決まっていたわけではなく、日本での発売情報を出させていただいてからの反響が大きかったため、急遽追加が決まったという背景があります。そういった大きな期待を背負っていることもあり、それに応えるだけの素晴らしい声優陣さんに音声を担当していただけて本当に嬉しく思っています。

また日本の声優さんというのは、アニメやゲームを通して海外でも知名度や人気がある方が多いので、今回の日本語音声や声優陣のチョイスにはMundfishも大興奮していましたよ。

――Xbox版においては発売時に日本語字幕が収録されていなかったことが話題となっていました。Mundfishからその経緯や対処などが説明されていましたが、コンソールは違えど同じ日本向け販売を担当するパブリッシャーとして、どのような対応をされていましたか。

櫛引日本での『Atomic Heart』のリリースに関してですが、Beepとして正式な管轄を持つのはPC版とPS版のみです。しかしプレイヤーからすれば、そのような会社間の事情はぶっちゃけ関係なく「自分の購入したゲームに何かがあったときはきちんとしたサポートを提供してもらいたい」というのが本音だとは思っています。

特に日本に育った洋ゲー好きであれば、日本語によるサポートやお知らせがなく、行き場を失ってしまう経験をしたことがある人も多いでしょう。自分自身もそういった経験や思いからこの仕事をしているところもあるので、今回の不具合に関しては確認直後にMundfishと連携し、出来る限りの状況報告と解決に努めさせていただきました。リリース後はSNSなどでの反応に目を光らせていたのと、普段から密に連携していたMundfishと即座に反応できたことにより、多くの方にご安心いただけたのは良かったかなと思っています。

ロベルトどのような仕事でもそうですが、残念ながらいつもすべてがスムーズにいくわけではありません。Xbox版のリリース初日に日本語字幕が出なかったのは、意図的なものではなく、技術的な問題でした。そして、何かがうまくいかないとわかるとすぐに、Mundfishはこの問題のバグ修正を提供するために懸命に働いてくれました。私たちBeepにとっては、そのことを明確に伝えることが重要でしたし、幸いにもゲーマーの方々はとても協力的で、ベストを尽くすよう応援してくれていました。

――パブリッシング業務の中で、Focus Entertainmentや4Divinityとはどのように協業されていましたか。

ロベルトFocus Entertainmentは欧米のパブリッシャーですが、私たちの仕事のほとんどは、4DivinityとMundfishとの緊密な協力のもとで行われました。外から見ると、それぞれが別の会社のように見えますが、このタイトルをアジアで発売するために、全員がチームとして連携しながら働いています。各社、各メンバーがそれぞれの強みと経験を持ち、同じ目標に向かって協力することで、その相乗効果を生かすことができました。

また、パブリッシャーレーベルとしての4Divinityは比較的新しいかもしれませんが、グループ会社のGCLや配給会社のエピックソフトアジアは古くから事業を展開しており、アジアにおけるマーケティングの強豪のようなもので、社内には経験豊かでクリエイティブな人材がたくさんいます。また、Mundfish自身も、非常に優秀な開発者を抱えているだけでなく、『Atomic Heart』を広めるためのクリエイティブなアイディアに溢れていました。Mundfishの社員の中には、金属製の武器のレプリカを作った人もいます。Mundfishがそのレプリカを作る間、4Divinityは物流を担当し、ファンやメディアに見てもらうためにアジアの数カ所に発送しました。日本では、ハピネットのゲームフェスで展示されたほか、一部の小売店でも展示されています。もし日本にゾンビが出現するようになってしまったら、きっと有効活用できると思います(笑)。

これはほんの一例で、日本やアジアにゲームを届けるための大きなキャンペーンや努力は、もっとたくさんあります。このようなことが可能になったのは、チームや関係会社の全員が、このプロジェクトに同じ情熱を感じていたからです。

――一部のユーザーの間で、Mundfishとロシア政府の関係性がある種のゴシップのように注目されています。Beep Japanとして実際にどのような関係があるか認識されていましたら、お聞かせください。

ロベルトあくまで私の個人的な意見ですが、これは非常に複雑なトピックです。特に国際的な企業や多文化的な背景を持つチームが、世界規模でゲームを開発・販売する場合、その対応は簡単なものではありません。仮に何らかの声明が出た場合も、誤解を招いてしまう可能性は高いでしょう。だからこそMundfishが特定の質問や主張に対して、あのように対応したのだと理解しています。

私自身、ソ連の影響を受けたドイツ民主共和国(東ドイツ)で生まれ育ったので、抑圧された国の普通の市民が発言すると、悲惨な結果になることを知っています。私の知る限り、Mundfishはキプロスで設立された会社で、CEOのロバート・バグラトゥーニはアルメニア出身です。従業員の出身地はわかりませんが、ウクライナとロシアが手を取り合って仕事をしているのは、この業界で何度も見てきたことなので、両国の出身者がいても不思議はないでしょう。ですから、Mundfishは、多くの社員や家族が異なる国や文化圏からやってきて、何年もゲームに携わっている……という難しい状況にあるのだと思います。

開発者の意図や解釈とは関係なく、芸術作品を政治的に、あるいは自分の目的のために道具化(利用)することは、どの立場であっても、私は間違っていると感じます。『Atomic Heart』を販売禁止にすべきかという問いに対して、一部の意思決定者が「イエス」と判断すれば、連鎖反応が起こり、他のタイトルや企業とのつながりも調べる必要が出てくるでしょう。そうなるよりも、すべてのプレイヤーが自分の意見を持ち、ゲームを買うかどうかを自分で決める機会を与えられるべきだと考えています。

――パブリッシャー側にも政治思想にまつわるユーザーからのご意見、ご質問等が寄せられていると思われますが、Beep Japanはどのようなスタンスで対応されていますか。

ロベルトBeepでは、あらゆる種類の攻撃や暴力に反対しており、戦争行為はその究極の形と言えます。「ゲーム」というものは、たとえ暴力的な内容が多くても、ストレスの多い生活の中で喜びや安らぎを与えてくれるものです。むしろ、国境を越えたエンターテインメントを提供することで、人や文化を結びつけることが私たちの目標です。例外はあるかもしれませんが、一般的には、それがこの業界や多くのゲーム会社の特徴であり、私たち全員をつなぐもの、ゲームへの情熱であると信じています。

――本作のストーリー設定が「ロシア賛美」「ソ連賛美」に繋がると曲解されているケースも見られます。デベロッパー/パブリッシャーとして本意ではないと思われますが、どのように考えられていますか。

櫛引ゲームは芸術表現の一種であり、プレイヤーが作品をどう受け取って解釈するかを、開発者や販売者が強制することはできないと思っています。ただ、いちゲーマーとして本作をプレイした感想としては、このゲームが「ロシアやソ連を賛美している」という結論にはとても至りませんでした。

パブリッシャーの立場としては、この作品が明確に「ユートピアとディストピア」をテーマに掲げた作品であるということは強調しておきたいと思っています。『Atomic Heart』の制作陣がリファレンスとして挙げている創作物のひとつに、オルダス・ハクスリーによるディストピア小説「すばらしい新世界」がありますが、これはまさに機械化が進み人々が幸せに暮らす超文明、そしてその繫栄の裏で進行する綻びを描いたSF作品です。こういった作品に触れたときに、その世界の素晴らしさを賛美しているとするか、もしくはそれが覆い隠している現実のグロテスクさを批判していると見るかは、どちらを本質と捉えるかによるのだと思います。

『Atomic Heart』においては、視覚的にも、導入部で描かれる架空のソ連の街並みの美しさに焦点が当たりがちかもしれません。しかし物語が進むにつれて明らかになっていく真実や、それを知った時の主人公・P-3や登場人物たちの選択や行動にも、ぜひとも注目しながら遊んでいただければと思っています。

――『Atomic Heart』は2018年にアナウンスされた作品で、当時から情報を追っていたGame*Sparkとしても正式リリースには感慨深い思いがあります。Beep Japanとしてどのようにゲームをパブリッシングしていくか、今後の展開についてお聞かせください。

ロベルトBeepはインディーゲームに心を寄せて設立された企業で、その中でも特に海外作品に関心を持っていました。私やチームメンバーの多くは、Beep設立の何年も前からゲーム業界で働いています。昔は今ほど開発者が多くなく、大作が主流でした。それから海外でインディーゲームが流行り始め、徐々に日本にも入ってきていました。ですから、私たちがリリースしてきたタイトルの多くは、このインディーへの愛に満ちた試金石です。しかし数年前、私がPLAIONに在籍していた時に、大作を制作・パブリッシングする機会に恵まれました。

そこで、世界中から集まった非常に多様なチーム、非常に才能のある、そして非常に情熱的な開発者たちと出会い、一緒に仕事をすることができました。彼らは独立した開発者であろうと、大きなAAAタイトルに取り組む大きなチームの一員であろうと関係なく、ほとんどの人が自分が取り組んでいるゲームに対する愛と誇りを共有し、ベストを尽くそうとしています。Mundfishもそのようなデベロッパーのひとつです。ゲーム中はもちろん、PCやゲーム機の電源を切った後でも、素晴らしいサウンドトラックを聴いたり、スタイリッシュなアートブックを読んだり、彼らと私たちが主催するイベントに参加したりと、人々が没頭して楽しめるエンターテインメントを作るために、私たちが出会った全員がベストを尽くしています。

その精神はとても毒があり(笑)、Beepというパブリッシャーが掲げるものであり、チーム全員が共有しているものでもあります。ですから、今後もこの路線を継続し、開発者やパートナーと一緒に、同じ才能と情熱を持った製品を作り、最高の努力と注意を払えるタイトルをパブリッシングできればと思います。うまくいけば、インディーゲームとAAAゲームの両方の世界からゲームをパブリッシュしていくことができるかもしれません。


『Atomic Heart』は、PS5/PS4/Xbox Series X|S/Xbox One/Windows(Steam,Microsoft Store)向けに発売中。2018年よりGame*Sparkにて掲載してきた『Atomic Heart』関連記事は、こちらからご覧ください。

Atomic Heart 関連記事一覧『Atomic Heart』公式サイト
《キーボード打海》

「キーボードうつみ」と読みます キーボード打海

Game*Spark編集長。『サイバーパンク2077 コレクターズエディション』を持っていることが唯一の自慢で、黄色くて鬼バカでかい紙の箱に圧迫されながら日々を過ごしている。好きなゲームは『絢爛舞踏祭』。

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